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エイブラハム・リンカーン その1

私はこの政務を立派にやり遂げ、たとえ私がいよいよ政界を退く時、世界中のすべての友を失うことになっても、ただ一人の友、すなわち私の心の奥底にいる友だけは残しておくように努力したい。

四十歳を過ぎた人間は、自分の顔に責任を持たなければならない。

弁護士になろうとしっかり心に決めれば、それだけで目的は半分達成されたも同然である。……きっと成功してみせる、と決心することが、何よりも重要だということを、常に銘記すべきだ。

相手を動かそうとする時には、心のこもった、押しつけがましくない説得の手を用いるよう心がけることだ。“一ガロンの苦汁よりも一滴の蜂蜜を用いたほうが多くの蝿がとれる”という諺は、いつの世にも正しい。人間についても同じことがいえる。もし相手を自分の意見に賛成させたければ、まず諸君が彼の味方だとわからせることだ。これこそ、人の心をとらえる一滴の蜂蜜であり、相手の理性に訴える最善の方法である。一旦これが獲得できると、こちらの意見を認めさせるのに、大して手間はかからない。反対に、こちらの判断を相手に押しつけようとしたり、相手の行動を規制しようとしたり、あるいは相手を敬遠したりみくびったりすれば、相手は自分の殻の中に閉じこもってしまい、彼の頭と心に達するあらゆる道を閉鎖してしまう。こうなったら、たとえこちらの意見が真理そのもので、槍にたとえれば、最も頑丈な、鋼鉄よりも硬く鋭い槍であるとして、たとえその槍をヘラクレスそこのけの大力で投げたとしても、亀の甲羅を麦わらで突き刺すほどにも、相手にはこたえない。 人間とはこうしたものだ。だから、たとえ相手が自分の一番関心のある目標に導いてくれる指導者であっても、自分の気持を理解してくれない者には、ついて行かない。

どんな人間でも、完全な嘘つきになれるだけの優秀な記憶力は持ち合わせていない。

性格は樹木のようなものであり、世評はその影のようなものである。影はそれについてわれわれが考えるものであり、樹木は真物である。

自己の向上を心がけている者は、喧嘩などする暇がないはずだ。おまけに、喧嘩の結果、不機嫌になったり自制心を失ったりすることを思えば、いよいよ喧嘩はできなくなる。こちらに五分の理しかない場合には、どんなに重大なことでも、相手に譲るべきだ。こちらに十分理があると思われる場合でも、小さいことなら、譲ったほうがいい。細道で犬に出合ったら、権利を主張して咬みつかれるよりも、犬に道を譲ったほうが賢明だ。たとえ犬を殺したとて、咬まれた傷は治らない。

何も語る事柄がない時にも、困惑することなくしゃべることができるほど、人間的に大成できているとは決して思わない。

もし私が私に寄せられたすべての攻撃文を読むくらいなら、まして返事を出すくらいなら、この事務所を閉鎖して、何かほかの仕事を始めたほうがましだ。私は私が知っている最良を、私がなしうる最善を実行している。それを最後までやり続ける決心だ。そして最後の結果が良ければ、私に浴びせられた非難などは問題ではない。もし最後の結果が良くなければ、十人の天使が私を弁護してくれたところで、何の役にも立ちはしない。

私はチャンス到来に備えて学び、いつでもすぐ仕事にかかれる態度を整えている。

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